
| 商号 | 株式会社 オブチ電機製作所 (英名)OBUCHI ELECTRIC MFG.CO.,LTD. |
| 本社所在地 | 神奈川県相模原市緑区小渕680番地 |
| 事業所 | ■藤野台事業所:神奈川県相模原市緑区小渕37−1 |
| 設立 | 昭和44年4月15日 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| 代表者 | 代表取締役社長 天野 晴央 Amano Haruo |
| 従業員 | 17名 平成22年1月1日現在 |
| 取引銀行 |
山梨信用金庫 藤野支店 津久井郡農協 藤野支所 ジャパンネット銀行 本店営業部 |
| 事業内容 |
産業用コンピュータの製造・試験 各種制御盤・配電盤の製造 機器間ケーブルの製造・販売 各種筐体用冷却ファンモジュールの製造・販売 電線収納ケース『電線するスル』の製造・販売 半自動電線測長切断機『はかる君』製造・販売 多目的ACコンセントBOXの製造・販売 行政防災無線保守サービス 物流センター(製品・資材管理) 労働者派遣事業 (特定労働者派遣事業許可番号・特14−302970) |
|
主要取引先 (敬称略) |
株式会社東芝 府中事業所 東芝ソリューション株式会社 東芝エレベータ株式会社 東芝ITサービス株式会社 株式会社 エリオニクス 株式会社 ミスミ 株式会社 光電舎 |
|
主要仕入先 (敬称略) |
東芝産業機器システム株式会社 株式会社 光電舎 株式会社 ミスミ 中央電材株式会社 ダイトーエムイー株式会社 高宝工業株式会社 株式会社延山製作所 多摩電子株式会社 株式会社大塚製作所 株式会社三幸 パスカル工業株式会社 |
|
沿 Brief company history 革 |
|
| 昭和44年4月 |
前社長天野光が(株)東芝 府中工場生産技術部を退社し、神奈川県津久井郡藤野町小渕
660番地に有限会社オブチ電機製作所を設立する (株)東芝 青梅工場と取引開始する |
| 昭和45年5月 |
(株)東芝 府中工場と取引開始する |
| 昭和52年10月 |
同町小渕680番地へ本社工場拡張のため移転 資本金300万円に増資 |
| 昭和58年4月 |
産業用コンピュータの現地改造・保守点検の契約を結ぶ (株)東芝 府中工場に社員20名を構内協力員として派遣 |
| 昭和63年4月 |
(株)東芝 日野工場と行政防災無線の保守管理サービスステーション契約を結ぶ |
| 平成2年1月 |
株式会社に組織変更する |
| 平成3年9月 |
同町37−1に物流センターを開設し業務を開始する |
| 平成6年4月 |
自社製品の電線・線材収納ケース『電線するスル』の製造・販売を開始する |
| 平成6年11月 |
山梨県上野原町内の上野原工業団地に上野原工場を開設 |
| 平成7年10月 | 資本金1,000万円に増資する |
| 平成10年4月 |
弊社WEB SITE(www.obuchi.co.jp)を開設し、WEB上で拡販体制を図る |
| 平成10年5月 |
生産事務の合理化のためPC社内LANを構築 |
| 平成10年10月 |
自社ブランド 電線収納ケース『電線するスル』の販売にて(株)ミスミと提携する |
| 平成10年12月 |
東芝エレベータ(株)と取引開始する |
| 平成10年12月 |
上野原工場を事業拡大のため、物流センターにする |
| 平成11年2月 |
電線収納ケース『電線するスル』受注センターを新設する |
| 平成11年4月 |
機器ケーブル業務拡大のため、ハーネスセンターを開設する |
| 平成12年3月 |
本社事業部と上野原事業部を統合し、製造部門強化を図る。 |
| 平成14年1月 |
自社製品の半自動電線測長切断機『はかる君』の製造・販売を開始する |
| 平成14年5月 |
自社製品の甲種法定猟具『獲れるんだもん』の製造・販売を開始する |
| 平成15年1月 |
自社製品の多目的ACコンセントBOXの製造・販売を開始する |
| 平成16年1月 |
専務取締役天野晴央が代表取締役社長・CEOに就任する |
| 平成16年4月 |
プロダクト開発営業部を新設し、戦略営業を開始 |
| 平成1 7年11月 | 業務拡大のため本社工場を改装し業務を開始する |
| 平成1 7年12月 | 同町37−1に藤野台事業所を開設し業務を開始する |
| 平成1 9年3月 | 市町村合併に伴い、本社及び藤野台事業所の住所表記を変更 |
| 平成 20年4月 | 特定労働者派遣事業許可取得(許可番号:特 14-302970) |
| 平成 22年4月 | 政令市移行に伴い、本社及び藤野台事業所の住所表記を変更 |
| 以上 現在に至る | |
|
沿 Brief company history 革 |
|
[TOP]